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保育問題の本棚

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※以下の文章は投稿時の情報・筆者の認識に基づくものです。「保育所保育指針」「幼稚園教育要領」等は2018年度より改定・実施が予定されています。

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2016年は保育問題、とりわけ待機児童問題が大きく取り上げられた。

ただ筆者としては、まるで「保育所に入れた者勝ち」のような空気には、やや違和感を覚えている(もちろん、やむを得ず保育所に子どもを預ける必要がある場合は、そのための場所は必要だ)。

以降(あるいはそれ以前から)、待機児童については対策が取られている一方、その対策が保育の質的悪化を招いている場合もあるようだ。

 

そもそも保育所とはどういう場所なのか。

それを知るのに最適なのが近藤幹生『保育とは何か』(岩波新書)だろう。

 

 

本書によれば、保育施設(施設型保育給付)は大きく3種類ある。

 

1つは「保育所」で、厚生労働省が所管し児童福祉法を根拠とする『保育所保育指針』に基づき運営される。ちなみに全ての保育所で0歳の乳児が預けられるようになったのは1998年のことで、それほど昔の話ではないそうだ。

 

2つめは「幼稚園」で、文部科学省が所管し学校教育法を根拠とする『幼稚園教育要領』に基づき運営され、4月1日時点で3歳(または4歳)の幼児から就園できる。保育所の待機児童問題が起こっている一方で幼稚園は定員割れが問題となっており、統廃合などにより施設数は減少している。

実際、筆者が住んでいる市も2020年を目指し4歳、5歳の教育無償化が掲げられており、その財源は定員割れをしている公立幼稚園の統廃合により賄う施策が予定されている。

 

3つめに、上記2つのタイプの保育が一体的に運営されることが期待されている「認定こども園」だ。

 

保育問題というと保育所をはじめとする「施設型給付」だけに焦点が当てられがちだが「地域給付型」と呼ばれる保育サービスや、育児サークルの存在もある。

例えば育児経験者・シルバー人材による低価格のベビーシッターサービス、市町村から助成を受けている育児サークル、保護者が同伴し無料で利用できる子育て支援センターなどだ。

 

筆者の妻は最後に紹介した子育て支援センターを毎日のように利用していた。

保護者が同伴していれば、家のリビングより広く、たくさんのオモチャが無料で利用でき、読み聞かせなどのイベントもある。また保育士が常駐しており育児相談も気軽にできる他、保護者も同じ空間にいるため、同じ年齢の子ども、または同じ年齢層の親同士が知り合う場にもなる(保育所で親同士が仲良くなる機会はあまりないのではないか)。

さらに0歳から5歳までの子どもが同じ空間で遊ぶことで、例えば筆者の子ども(執筆時2歳半)は2歳くらいの年上のお兄さんとの関わり方などを自然と身に付けているようだ。

 

ところで、現状の保育所は制度的には「保育に欠ける子ども」のための施設と位置付けられている。この表現についても様々な意見があるようだけれども「保育に欠ける」とは、どのような状態だろうか。

本書で挙げられている例を紹介すると、母親は朝5時に起きてゴルフ場で2時間働いてから帰宅して朝食を作り、その後すぐにスーパーで働いている。父親は自動車修理工場で働いているものの収入が少なく、退勤後は夜10時頃までコンビニで働いて、なんとか生活が成り立っている。

このような状態では、当然、育児をする時間はない。

少なくとも現時点では、保育所は「両親が働かなければ生活できないなどの事情がある家庭の子ども」のための福祉施設であり、「子どもがいることで働けない親」のための施設ではない。

 

一方で、幼稚園の教育と保育所の託児の機能が統合されている「認定こども園」では「保育に欠ける」ではなく「保育が必要な」子どもを受け入れる施設とされており、必ずしも親が働いている必要はない。

 

 

 

ただし、認定こども園にも問題があるようだ。

それは<制度>は「保育所」「幼稚園」という枠組みから変化できても、そこで働いている保育教諭や保護者の<認識>は簡単には変化できないことから生じているように思える。

例えば、幼稚園ではPTAが存在するなど保護者の役割が一定存在し、行事への参加なども多くある。一方、保育所に子どもを預けている保護者は働いていて保育所での行事に参加することは困難だ。

認定こども園では保護者参加型が目指されているそうだが、全ての保護者が運営に参加可能なわけではない。また幼保連携により、園内の子どもをとりまく家庭事情等は多様化せざるをえない。

そういったギャップは、保護者同士はもちろん、保育所経験者の保育士と幼稚園経験者の幼稚園教諭の間でも大きいようだ。

 

以上のような多様な保育サービスがある一方で、利用希望が集中しているのが保育所である。

しかし、待機児童を解消するための無理な施策が、逆に子どもが受ける保育や保育士の労働環境を悪化させている面もあるようだ。

2014年7月に刊行された猪熊弘子『「子育て」という政治』(角川新書)はそれをいち早く指摘していた。

  

 

 分かりやすい例として挙げているのが横浜市が2013年に行った「待機児童ゼロ」発表だ。しかし「待機児童」の定義は自治体により様々で、実は希望通りの保育所に入所できていない子どもは1746人いることも合わせて公表されていた。

しかし横浜市はこれを「保留児童」と定義することで「待機児童ゼロ」と発表したという。

 

著者は横浜市の保育政策を一方的に非難しているわけではない。2010年に3万8331人だった入所児童数を2013年に4万7072人にまで増やしたことなど待機児童解消のための施策について一定の評価はしている。

その一方で、0歳児1人あたり面積を2.475平方メートルにまで自治体判断で緩和(国の最低基準が3.3平方メートル、多くの認可保育所が5~5.5平方メートル)したり、高架下や道路沿い(過去に2度自動車が追突した建物の跡地)に保育所を作ったりなど、無理な施策については批判している。

 

 さて、そのような無理な施策により、保育の現場が崩壊していると指摘するのが『ルポ 保育崩壊』(岩波新書)だ。

 

 

 

とりわけ本書で指摘されているのが私立、つまり民間企業による保育所運営問題である。保育に株式会社など民間組織が参入すること自体は問題とは限らないものの、以下のような事例が記述されている。

認可保育所の収入は定員による上限がある一方、運営コストの7~8割を人件費が占めることから給与がコスト削減の対象となりやすく、職員平均年収が200万円程度など、通常の企業に比べ待遇が低くなっているという。

さらに、勤務する保育士に弁当持参を許可せず子どもと同じ給食を食べることを強制させ、その給食をグループ会社が作り収益源としている保育所があるとしている。また同グループに保育士派遣会社も保有しており、保育士の給与からピンハネする構造となっているそうだ。

 そういった待遇により、ベテラン保育士は退職し、新卒の離職率も極めて高い状況にあるようだ。1年ですべての保育士が退職した保育所も紹介されていいる。さらに非正規職員の比率が増加しており、本書では正規職員がゼロの保育所についても書かれている。

 

また先に紹介した本『保育とは何か』の著者であり大学教員でもある近藤幹夫氏は、知人が「新卒の保育士50人を集めてもらえば1人の基本給を5万円上乗せする」といった交渉を持ちかけられたことを明かしている。保育所の増加に対して、保育士は次々と離職するため、新卒の大量採用によって補っている構造と思われる。

こうした状況により保育経験豊富な保育士が圧倒的に不足しており、子どもが受ける保育の質を悪化させているようだ。

 

本書ではどの保育所か明らかにされいないが、以下のような事例も紹介されている。うち多くが株式会社をはじめとする民間運営の保育所のようだ。

・認可に必要な部屋面積を確保しつつも、管理を楽にするために柵を使って部屋の2分の1や3分の1といった範囲に子どもを押し込めている保育所

・施設内に園庭がない場合は近隣の公園を園庭として用いることになっていながら、半年間働いた間に1度も公園へ散歩に行かなかったという保育士の証言。

・新設開園2日前に内装工事をしておりクラス担任も決まっていない保育所

・スケジュールに追われ、子ども押さえつけ無理やりごはんを掻き込む保育士。

・コスト削減のために食器などを家庭から持参させる保育所

・障がい児など「要支援児」には別途補助金が与えられるが、実際にはその補助金に当たる保育士を配置していない保育所

 

このような問題は、時間の経過と共に解消されていく可能性は高いものの、少なくとも現時点では(少なくとも私立の)保育所は「入れたもの勝ち」と安易に言える状況ではないのではないか、という気がする。